ピックアップ
スリ人生、20年
2016.5.4

 スリは〝職業〞だと言われる。

 他の犯罪が単発的に行われがちなのに対し、スリはまるで勤め人のように、継続的に繰り返されるためだ。

 スリ人生20年。30〜40代のすべての糧をこの職で得てきた男に、業界の全貌を語ってもらおう。我々市民にとって防犯の一助になるはずだ。【編集部】

 

”ぶつかり”で始まったスリ人生

 とにかくカネがなかった。

 鳶や建築関係の仕事を転々としながら20代を過ごし、いよいよ大台の30になっても、まだカネがなかった。
スリに手を染めたのは、だからだとしか言い様がない。
 
 31才のその夜、ようやくありつけたばかりの建築現場の先輩から「ちょっと付き合えよ」と誘われた。

 ほど近い飲み屋街に二人で出向く。酔客や学生が歩いてる薄暗い通りだ。
「ここでスリやるから、お前にも教えてやるよ」
 この誘いがなければ、そして「はい」と返事していなければ、後のオレの人生はあったのかどうか。それほど重大な一夜だった。
 オレは素直に〝指導〞を受けた。スリがポケットから財布を抜く流れだ。

 

① 一人で歩くサラリーマンを発見したら尾行し、背後から観察
② 財布の位置を確認。ズボンの尻ポケットが膨らんでいればほぼ財布に間違いない
③ 後ろから派手にタックルをかます
④ 上から覆いかぶさる形でポケットから財布を抜く
⑤ ただぶつかっただけのようなフリで逃げ去る

 

 通称〝ぶつかり〞と呼ばれる手法だ。
 30分ほど先輩相手に練習し、いよいよ実践。フラフラ千鳥足の男を見つけて近づいていく。

 よし、ポケットが膨らんでいる。距離をつめ、心の中で3カウントを数えてからぶつかった。

 

ドン。

 

 男が倒れる。その間に、右後ろのズボンポケットから財布を取り出し、上着ポケットに隠した。
 先輩の教えによれば、ここでは謝罪などしてはならない。
「こら酔っ払い、邪魔なんだよ!」
「すいません」
 すごむオレを見て男は逃げ去った。脅すことによって、男の意識は恐怖へ向かい、財布のことなど頭から抜けきってしまうのだ。

 今でも初仕事の給料は覚えている。7千円。当時の日給をわずか数分の間で稼いだことになる。

 この〝ぶつかり〞は遥か昔から存在するベタなスリ方法で、現在でもやっている人間は多い。

 狙われるのは、カネを持っているであろう40代以上の男だ。男は財布をズボンの後ろポケットに入れているのでわかりやすい。酔っ払った一人歩きなんてのは一番のカモだ。

 逆に女は狙われない。持っている額がオトコに比べて少ないし、ぶつかったときに大声で叫ばれるおそれも大きいためだ。

スリ人生20年1

冬は夏よりも仕事がしやすい

 その夜からスリとしての人生が始まり、以来20年。飲み屋街でのぶつかりだけでなく、あらゆる場所で他人様の財布をちょうだいしてきた。
 が、いま現在は足を洗っている。
 それが贖罪になるとはゆめゆめ思ってはいないが、元犯罪者としての立場から、スリの手口を伝えておくとしよう。
 我々が出没する場所は、まず言わずと知れた満員電車だ。平日の朝7時ごろ、郊外から都内に向かう上り電車が狙われる。

 混雑に身をまかせながらまわりの男の尻に手を這わせる。財布の感触を見つけたら必死にそいつの背後位置をキープだ。
 だがすぐには抜かない。万が一バレたときに逃げ場がないからだ。
 電車が駅に到着し、ドアが空く直前、乗客たちが動きはじめたタイミングで財布を一気に抜き、一目散にドアを目指す。ごちゃごちゃした中でターゲットの注意は散漫になり、たとえ気づいたとしても犯人の特定は難しい。
 このように抜いては降り、乗っては抜くを続けると、毎朝5〜10件ほどはいけるだろうか。
 電車では女も狙う。OLや学生などは十中八九カバンに財布を入れてるので、直接手を突っ込んで盗るだけだ。口が開いたカバンなんてのは「スッてください」と言ってるようなものだ。
 他にも週末深夜の駅周辺で酔いつぶれてる人間を狙う『介抱ドロ』や、花火大会や祭りの人混み、競馬場や野球場(入退場の混雑時)などのスポットがスリの猟場だ。
 実感では、夏よりも冬のほうがやりやすい。夏のズボンは汗で湿り、ポケットに財布が引っかかって、抜きにくいからだ。
 冬は財布に入れてる金額も夏に比べて多い傾向がある。11月〜1月の前半までは特に顕著で、何かと入り用のため財布が膨らんでいるものだ。
 仕事の度にたまっていく財布はいったん自宅に持ち帰り、ある程度たまったら山で燃やして処分していた。

 カネを抜いてすぐ駅やコンビニのゴミ箱に捨てていた時期もあったが、昨今の監視カメラまみれの街でそんなことをしてたら、どこから悪行がバレるかわかったもんじゃない。
 オレが抜いていたのは現金だけだが、キャッシュカードやクレカ、免許証などの一式をカネに替える者もいる。地元のヤクザ連中に売って小遣い稼ぎしているのだろう。
 月収はばらつきがあるものの、およそ20万〜30万程度か。職業スリの中には倍以上稼ぐ者もいるが、連中は寝る間も惜しんで様々な場所に繰り出すため、逮捕のリスクが高い。さすがにオレもそこまではやる気がなかった。

 

何度パクられても再犯を繰り返す理由

 オレも逮捕された経験が4回ある。3回はムショにも入った。

 最初の逮捕はスリをはじめて3年ほど経ったころだった。飲み屋街でその日何度めかのぶつかりをやったとき、男にタックルした瞬間、カラダの上に数人が乗りかかってきた。
「おら、現行犯だ! 観念しろ!」
 私服警官だ。なんでも付近のスリ被害が増えたことで張り込みされていたらしい。

 

 

続きは次ページへ