その他
北島三郎ならぬ北島二郎(仮名)♪ 単なるソックリさん芸人なのに田舎のスナックママは完全に騙された
2016.1.13

キタジマジロウ

イラスト・坂本千明

 

今日はビッグゲストが来ますから

 中部地方のローカルテレビやラジオのリポーターとして活躍していたオレが、とある田舎町の夏祭りに招かれたのは、平成7年8月中旬のこと。祭の最終日に行われる歌謡ショーの司会役を、という依頼だった。

 

 

 ショーの舞台は、梨畑と田んぼに囲まれた農村の一画にある公民館らしい。ま、五流演歌歌手がお寒いコンサートでも開くのだろうが、オレには関係のないことだ。

 

 

 当日、現地に乗り込むと、実行委員長を名乗る八ゲオヤジが自信満々に語った。

 

 

「今日はビッグゲストが来ますから」
「は?」

「お客さんを驚かせるために、秘密なんですよ、あはは」

 

 おっさん、オレをナメてんのか?出演者の名前も知らずに司会進行が務まるワケがないだろう。ていうか、誰だよ、そのビッグゲストって。

 

「今、来ますからお待ちください。一目でわかりますよ」

 

 1時間後。目の前に現れた男を見て腰をヌカしそうになった。本皮のロングコートをまとい、腕にはダイヤモンドを散りばめたロレックス。

 

 

 さらに、パンチパーマにサングラスとくれば……そう、男は演歌歌手の大御所・北島三郎だったのだ。なんで、こんな田舎にサブちゃんが!?

 

 

「お、おお、おはようございます」

「どうも~。北島二郎(仮名)です」

 

 

 へっ!? 今、確か、キタジマジロウとおっしゃいました?

 

 

「今日はよろしくお願いしますよ」

 

 

 差し出された名刺を見れば、『演歌の大将・北島二郎』とある。なんだよ、ただのソックリさんじやねえか。いや、それにしてもよく似ている。バツと見、本人と言われても全く疑わないほどのレベルだ。

 

 

と、そこへ、

 

 

「どうも〜。杉です」

 

 今度は、あの“流し目″の杉良太郎……ではなく『杉涼太郎』の登場だ。ったく、そういうことなら、事前に知らせておけよ。

 

 

「似てるでしよ?」

 

 

 手には『北島三郎&杉良太郎オンステージ』と記された看板を持った委員長が鳴く。申し訳程度に(ソックリさん)とは書かれているが、こりや完全な確信犯だ。

 

 

「まあ、シャレでもジーさん、バーさんが喜んでくれたらね、あはは」

『与作』の作曲秘話を延々と語る二郎

 歌あり踊りあり活劇あり。ショウは大盛況のうちに終わった。ジジババがどこまで信じたのかはわからんが、2人が戻ってきた控室のお茶係のオバちゃんまで「杉さま、杉さま」と大はしゃぎだ。アンダら、本気で言ってんのか。

 

「この後、一杯どうです?」

 

 黄色い声が一段落したころ、北島二郎に誘われた。車で30分の距離に繁華街があるという。どうせ宿に帰って寝るだけだから断る理由はないが、なんでこのオッサン、ド派手な衣装のまま出かけるんだよ。

 

 

「いらっしや…」

 

 

 オレと二郎がスナックのドアを開けた途端、女のコが少し驚いたような顔になった。ソファーに座ったら座ったで、カウンターの方からヒソヒソ話が聞こえてくる。

 

 

「北島三郎じゃないの?」
「絶対、そうだよね」

 

 ま、オレも編されたぐらいだから仕方ないが、二郎さん、アンダ、正直に言ったらどうなんだい。人が悪いぜ。騒ぎが嬌声に変わり始めたころ、ママとおぼしき青江三奈似の女性が店に戻ってきた。従業員と二言三言話し、少し緊張の面もちで、こちらに近寄ってくる。

 

 

「北島さんですよね! 私、大ファンなんです。今日はお忍びかなんかですか?」
「ええ、まあ」
「あ、あの、サインをいただいても…」

「いいですよ」

 

 

 ふんぞりがえりながら、スラスラと色紙にマジックを走らせる二郎。そして、感激しきりのママは驚くことを口走った。

 

 

「準備中の看板出して!」

 

 

 10分後。テーブルに、ありったけのオードブルやフルーツ、高級酒が並んだ。ママはもちろん、いつのまにか4、5人の女のコまで付いている。大丈夫かよ〜。

 

 

 支払いが気になり、酒の味もよくわからないオレに対し、二郎はいい気なもんだった。

 

 

「チーラシ〜寿司な〜ら♪」

 

 

 自慢のコブシを“アカペラ”で聞かせ、『与作』の作曲秘話を延々と語り、周囲を感激させること仕切り。気がつけば、時計は深夜12時をとっくに過ぎていた。

 

 

「んじゃ、そろそろ帰るわ。おあいそお願い」

「ええつ?」

 

 

 一生に一度あるかないかという有名人との出会いに、まだ話し足りないという表情のママが計算を始める。こりや軽く20万はかかつてるぞ…。

 

 

 心配顔で二郎の顔を覗きこんだとき、ヤツは事もなげに言い放った。

 

 

「あ、そうだ。明日が最終公演だから、今晩はツケといてくれるかな」

 

 

 なに〜!? が、本当に驚いたのはママの返答。

 

 

「もう~。歌まで聴かせていただいて、お代なんてよろしいのに…」

 

 

 恐るべし、芸能人パワー!!

 

 

「所沢くん、オレたちと営業回らない?今、MCがいなくてさ」

 

 

 ホテルに戻るタクシーの中で、二郎が口を開いた。

 

 

「それより、さっきの店、大丈夫なんすか?」
「平気、平気。北島とは言ったけど、三郎とは名乗ってないだろ?」
「…ハハッ、そうですね」

 

 

 やはり二郎は最初からその気だったのだ。

 

 

 今夜は来なかったが、ヤツは杉と組み、全国のしなびた温泉街や観光地を飛び回っては、無銭飲食を繰り返しているらしい。

 

 

 本物に負けない堂々たる態度に歌いつぶり。田舎の人間ならコロつとダマされるだろうが、一歩間違えればお縄確実だ。

 

 

 翌朝、サブ&杉を乗せたバンを見送るオレの心に“すきま風”がこだました。

 

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