アンダーグラウンド
戦火を駆けた1人の日本人傭兵 それでもオレは生きねばならなかった(前編)
2015.12.7

20151207-3

うっそうと茂るい密林の奥地。

軍服姿の若者が1人、土嚢のそばで佇んでいる。

「おい、やってるか」

そう呼びかけると、ニヤッと笑う彼の顔面が風船のようにぷうと膨らみ、弾けた。

拍子に、目玉が飛んでくる。

ジッとこちらを見据えたまま――。

ここ数年、オレはフラッシュバックに苛まされている。

睡眠中、入浴中、横断歩道を歩行中……。ソイツはいつも突然襲ってくる。PTSDのせいだ。

ベトナム戦争や湾岸戦争帰りの米兵が多くかかったパニック性の精神病である。

今から24年前、オレは戦場を駆ける傭兵だった――。

 

 1975年、春。バンクーバーのとある行きつけのパブで、当時理才のオレは毎日のように酒を引っかけていた。

 

 日本から交換留学生としてこの地へやってきたものの、ハイレベルな講義にあっさり挫折。以来、日本にも帰らず、フーテンのような日々を送っていたのである。

 

 見知らぬ男が話しかけてきたのは、その店のカウンター席だった。

 

「アンタ、いい体してるな。うちで1カ月トレーニングを受けてみないか?」
「トレーニング?」

 

 男は人なつこい顔で言う。自分はボディガード派遣会社「Z」のスカウトマンだ。いつも各地で有望な人材を集め回っているのだが、どうだろう、興味はないか。

 

 オレはその誘いを二つ返事で承諾した。聞けばトレーニングに危険は一切なく、終了後も、ボデオガードになる必要はナシ。しかも課程終了後には、500ドルの報酬までくれるというのだ。当時のレートは1ドル240円。無職の身には大金である。

 

「で、どこに行けばいいんですか?」

 

 尋ねると、ちょっと遠いんだがと笑いながら男は言った。

 

「アリゾナだ」

CIA下請けの傭兵派遣会社だった

 アリゾナでの生活は過酷という他なかった。いきなり坊主頭にされ、早朝5時から鬼教官にしごかれる。ボディガードどころか、まるで軍隊である。

 

 いや、まさに軍隊そのものだった。銃の組立分解、射撃術、格闘術に手桶弾の投てき。おまけに銃を持ったまま山中で模擬戦をやらかすのだから、もはや戦闘訓練だ。

 

 耐え忍ぶこと1カ月、念願の500ドルを受け取るためズタズタの体でZ本部を訪れると、幹部と名乗る男が、悪ぴれた様子もなく切り出した。

 

「いや、本当のことをいうとな、ウチは傭兵の派遣会社なんだ。で、突然だがジミー。仕事をやってみる気はないか」
「は?傭兵?」

 

 彼の話によれば、ZはCIA(アメリカ中央備驚)の下請け会社で、米国の国益に影響を及ぼす各地の内乱、紛争『テロ事件などの応援や鎮圧を目的に、全世界へ傭兵を送り込んでいるという。

 

「中立法」という言葉をご存知だろうか。アメリカ国籍を持つ人間が大統領や議会の承認のないまま、国外の戦闘に参加することを禁じた法律だ。

 

 つまりZは、外国籍の人間のみで傭兵を作り上げることで脱法行為を免れているわけだ。

 

 

 再び、Z幹部。

 

「仕事は山ほどあるが人手が足りない。どうだ、ジミー。ガッポリ稼がないか」
「わかりました。契約します」

 

 なぜ、こうもあっさり重大な決断ができたのか。むろんカネの問題はあっただろう。1ミッションにつき、報酬は2〜3千ドル。十分、魅力的な額だ。

 

 

 が、一番の要因は、アリゾナのトレ-ニングによって、己の眠っていた兵ね灯が目覚めたからではないか。

 

 正直に告白すると、あの過酷なトレーニングをオレは心のどこかで楽しんでいた気がする。特に模擬戦旗では、誰に教わったわけでもなく様々な奇襲法を編み出し、めったに誉めぬ教官から賞賛を浴びたほど。オレにとって、戦闘は未知の快感だった。

 

ゲリラに雲われたら戦わなきゃいけないのか?

 こうしてZと契約、傭兵となったオレのもとに、翌月さっそく仕事が舞い込む。

 

 行き先は中米の小国、エルサルバドル。反政府ゲリラに狙われている米国社長が依頼主で、任務は、彼の警護、及び彼空雇う私兵の軍事教育である。

 

 2名のベテラン傭兵と共に、ロスアンゼルスから旅客機で入国。空港に依頼主の私兵が出迎えにきていた。

 

「ではご案内します」

 

 初のミッションにオレは緊張していた。付け焼き刃のようなトレーニングしか終えてないのだから不安になるのもしょうがない。

 

 あまりに落ち着かぬオレの様子にあきれたのか、大佐(傭兵に階級はないが、指揮官格の人間をオレたちはそう呼ぶ)がたしなめる。

 

「ヘイヘイ、ジミー。あんまりオドオドすんな。あの命令を忘れちゃいないだろうな」
「イエッサー。わかっております」

 

 絶対に新米だと悟られるな。任務直則Zのボスにきつく言われたセリフだ。

 

 依頼主は、派遣された傭兵すべてがれっきとしたプロだと信じている。素人が混じっていると会社の信用問題になりかねないのだ。

 

 依頼主の車に同乗するときも、私兵たちに射撃を教えるときも、オレは周囲の些細な変化に気を遣い、緊張を悟られぬよう虚勢を張った。

 

「おい、この車、さっき5分以上、運転手が離れていたぞ。爆弾は仕掛けられてないだろうな」
「そこの若いの。帽子で顔を隠すな。ここの私兵だろうな?」

 

 心の中は泣き叫びたい気分でいっぱいだった。もしゲリラに襲撃されたらどうする。戦うのか?でもどうやって?が、結局、任務期間中の4週間、ゲリラの襲撃はついぞなく、我々3名は無事アメリカ本土に戻ることになった。こんなモンか。やけにあっさり終わった初ミッションに、安堵とも物足りなさともつかぬ複雑な感情を覚えた。

 

裏口から出てきた人間を撃ちまくれ

 傭兵の仕事は多岐に渡る。戦場での戦闘。要人警護。危険物資の運搬、兵士育成、諜報活動中でも、もっとも難しいとされる任務が「人質の救出」である。

 

 エルサ此ハドルの任務から3ヵ月、オレに与えられた2度目のミッションは、その人質救出作戦だった。

 

 当初の任務は、通常の人命救出に過ぎなかった。つい先ごろ、ベイルートでPLO系武装集団のテロに巻き込まれ、ビルの中に釘付けとなった米国人ジャーナリストを、安全な場所へ連れ出す作業である。依頼主はCIAだ。

 

 ところが、さあ乗り込むかという段に状況が一変。件のジャーナリストがテロリストたちにさらわれ、人質になってしまったのだ。

 

 傭兵はプロの集団、依頼された仕事以外は関知しない。状況が変わり任務遂行が不可能な場合は、キャンセル料をもらい帰還するのが常である。

 

 この状況などまさにその典型だ。テロリストが外国人を人質にとれば、立派な国際問題。後はイスラエルか米国の特殊部隊にまかせておけばよい。

 

 ところが、チームの大佐がいきなりトンでもないことを言い出した。

 

「いっそオレたちが乗り込んで、助け出さないか?」

 

 アメリカ政府はまだジャーナリストが人質となった事実を知らない。加えて、チームのメンツは、新米のオレ以外、歴戦の精鋭8人。絶対上手くいくはずだし、成功すれば多額のボーナスも出る。彼はそう力説した。

 

「どうだ、OKか。よし」

 

 1時間後の深夜0時。現地のタレ込み屋の案内で、我々はテロリストのアジトを取り囲んだ。

 

 様子を伺うと、灯りの消えた窓に人影が1つ。見張りだ。他は寝てしまったのか、何の音も聞こえない。

 

 この時点で、まだヤツらは犯行声明を出していなかった。まさかここまで素早く包囲されているとは思ってもいないのだろう。

 

「よし、ゴーだ」

 

 ベテラン格の4名が正面ドアへ、他の4名が側面の窓へ張り付く。タレ込み屋の話によれば、人質がいるのは窓のすぐ向こう。正面突破と同時に助け出す手はずだ。

 

 オレが命ぜられたのは、逃亡する敵の殲滅役だった。

 

「いいか、ジミー。銃撃戦が始まったら、裏口から出てきた人間を躊躇なく撃て。確認してたらやられるぞ。いいな、オマエが生きたければ殺すんだ」
「イエッサー」

 

 配置について2時間、依然あたりはシーンと静まり返ったままだ。恐らく、絶妙のタイミングを計っているのだろうが、にしても長い。銃を構える手が蝉れてきた。片手で裏口を狙ったまま、そ-つとしゃがみ込み、小便をする。遅い、まだか。気が遠くなりそうだ。

 

 

 さらに1時間後、オレは銃を構えたまま、半分寝入っていた。強烈な緊張感もいい加減、限界だ。

 

 と、そのとき。

 

 

パンパンパン、タタタタタ

 

 

 乾いた銃声が5秒ほど続き、一瞬、辺りが静かになったかと思うと、異なる方向からまた別の火薬音が鳴り響く。始まった!オレは裏口のドアを晩み付けた。出て来い、いや来るな来るな。くそったれ。むちやくちや怖い!実際はわずか数分のことだったと思う。が、恐怖のどん底にいたオレにとって、その時間は永遠にでも続きそうなほど長く感じられた。

 

「終了だ。ごぐろうさん」

 

 テロリストは全員射殺され、人質は無事救出。味方に一切負傷者なし。完壁な仕事である。裏口から最後まで誰も現れなかったことに、オレは感謝した。

真の兵士の苦悩をまだオレは知らなかった

 ベイルートでの作戦成功によりへZ内でのオレに対する評価が上がった。後方援護とはいえ、わずか2度目の任務で、危険度の高い人質救出作戦に加わった度胸が認められたのだ。

 

「ジミー、よくやった。これでオマエもランクCだ。軍隊なら下士官扱いだぜ」

 

 兵の世界に階級がないのは前記の通りだが、Zではそれぞれに、最高位「A」から新米の証「E」まで評価を与えている。オレは異例とも言える2階級特進を果たしたのである。

 

 評価が上がれば仕事の幅も広がる。以後5年間、オレは世界各地の現場へ飛ぶことになった。

 

 エクアドルでは、コカイン村に出入りするマフィアの動向を探り、タイの南部では、反ポルポト派に武器を搬入するため、ジャングルの中をかけずり回った。

 

 ガーナに飛べばクーデター政権の大統領を警護し、サウジアラビアでは、訓練教官として2カ月、兵士どもをシゴキ上げた。

 

 

 もはや立派な怖兵。カナダでフーテンをやっていたころと比べれば、見事なまでの変わり様だ。

 

 しかし、このときのオレはまだこの仕事を甘く見ていた。真の兵士が味わうべき苦しみ、恐怖、迷い、それら重荷を背負っていなかった。

 

 オレを一州兵からソルジャーヘと変えた土地、それはアフリカのアンゴラだった。

 

後編はコチラ

 

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