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右足はどこだ? 出口はどっちだ! レスキュー隊員、今日も現場に出動す(前編)
2015.11.12

20151112-2 

「息子を助けて! 助けてよ〜」
 消火栓の位置を確認し、ポンプ車のホースに手を伸ばしたとき、裸足の女性が駆け寄ってきた。髪は振り乱れ、涙で顔はクシャクシャ。この家の母親だろう。煙で声がヤラれている。5分後。まだ火の燻る家屋の2階に上り、子供部屋の消火活動にとりかかった。と、ほどなく浮かんできた人影。まさか…駆け寄り眼下に見えた黒い銅像。それは5〜6才の子供の焼死体だった——。

 

無謀な真似はするな!ケガをしたら恥と思え!

 火災現場でロープを昇り降りするオレンジ色のツナギを着た男たち。ご存じ、レスキュー隊は、火災に留まらず、血、肉、脳味噌飛び散る様々な事故現場で人命救助に尽力する消防署内の一部隊だ。

 

 法律や政治などの一般教養に加えて、腕立て(100回が目安)や腹筋(150回)などの体力測定と面接。採用基準と試験日程は各地方自治体によるが、不景気の昨今、大卒者が殺到し、オレが受験した年でも競争率は優に100倍を超えていた。

 

 超難関の公務員試験を見事突破、東海地方X県、人口40万のY市第一消防署に配属されたのが平成7年4月のこと。入署直後に消防学校の初任科で受けた規律特訓は、今思い返しても地獄の厳しさだった。

 

 朝6時半に起床、7時に国旗を掲揚し、朝食を平らげたら午前中は徹底的に消防意識と知識を叩き込まれる。1人の消防士が火災現場に取り残されたら、その救助に2名が向かうのが鉄則。被害を最小限に食い止めるには、ムチャな行動は慎しむのが一番という理屈だ。

 

 FIRE FIGHTERと呼ばれ、年間300人の死者を出すアメリカの消防士に対し、日本でほとんど死亡者がいないのは、こうした防災意識のせいだろう。理念を徹底的に仕込まれた後は、体力訓練が待っていた。1日平均数百回の腕立て・腹筋に始まり、小隊横隊(数名で足並み揃えて行進やダッシュ)やロープの昇り降り、放水訓練。教官しだいではこれを深夜まで繰り返す。まさに軍隊だ。

 

 半年後、オレの腕は丸太のように太くなり、胸回りも100センチを超えた。約60名の参加者のうち脱落者が1人しかいなかったのは奇跡としか言いようがない。

 

 

足の震えが止まらない

 半年後。消防学校を卒業するといよいよ実務が始まる。オレが勤務することになった第一消防署は、ポンプ車2台を筆頭に、40メートルのハシゴ車、救助工作車、救急車など計10台を抱え、約120人の署員がY市の東部と南部を管轄していた。ちなみに西部が第二、北部が第三で規模はドコも似たり寄ったりだ(各消防署の下には補助役の分署が2つずつ設置されている)。

 

 これら横並びの部署を統括するのが、本署と呼ばれるトップ機関。市に任命された消防局長を筆頭に約60名から構成されている。さて、オレが最初に配属されたのは、第一消防署内の警防隊なるセクションだ。署にはこの他、レスキュー隊と救急隊(救急車で負傷者・病人を運びながら応急処置を施す)の2部署があるが、新米は最初全員が警防隊での勤務となる。レスキュー隊に入るにはそこで1〜2年の経験を積み、さらに消防学校で1カ月の救助課程を修了しなければならない。

 

 警防隊でのオレの仕事は予防担当だった。ビルの見回りや物置程度の火災現場の実況検分、小学校の訓練。平時には先輩のメシを作ったりするペーペー業務だ。

 

 ったく、こんな仕事のために消防士になったんじゃねぇ不満タラタラの日々を送ること1カ月。ようやく、火災現場への帯同が許された。

 

 

『富士見(電話)局より火災通報入電中!』

 

 指令課からの予告指令を受けたのが午後4時。大慌てで防火衣をまとい、30秒以内にポンプ車へ。端末から付近の地図を打ち出したまでは順調だったのだが…。

 

 ガタガタ、ガタガタ足の震えが止まらない。え、えっと、次は何をするんだっけ?

 

「貸せ!」

 

 モタつくオレの手から先輩が地図を奪い、付近の地水利状況を調べ始めた。ヤ、ヤバイよ、オレ。

 

 現場でも完全に舞い上がり、どんな作業に就いたのかも覚えていない。後で先輩に聞かされたところによれば、オレは到着と同時にテープを貼って野次馬の侵入を防ぎ、放水を手伝っただけだったという。あぁ情けない。こんな調子では…。

 

 しかし、戸惑いなどすぐ失せる。果たして、オレは10度目の出動から管そう(ホースの先端部分)を持っての放水を任されるようになる。周囲の期待が自信を生み、やがて明確な目標へとつながっていった。

 

 消防の花形、レスキュー隊。常に先頭切って現場へ走る彼らの仲間に加わりたい!念願が叶い、消防学校の救助課程の受講を許されたのは平成9年春。覚悟はしていたものの、その訓練は、初任科の授業を上回る地獄ぶりだった。

 

 

ボクの声が聞こえてますか!

 

 

「伊東、行くぞ!」

 

 1カ月の特訓を終え、晴れてレスキュー隊員となったその日、先輩と近所のドブ川に出向いた。川べりでうずくまる小猫の救出である。

 

 翌日はスズメバチの駆除。その翌々日が大木から降りられなくなった少年の救出。刺激のない仕事が1週間ほど続いた後、大きな出番が回ってきた。

 

『石川局より事故通報入電中!』

 

 峠のカーブでバンとセダンが正面衝突、運転手がハンドルとシートに挟まれているらしい。すぐさまロープ訓練を中止し、救助工作車に飛び乗る。現場に到着。一瞬にして緊張が走った。パジェロの運転手は無傷だが、もう一方のカローラの運転席で中年女性が「痛い、痛い!」と絶叫していたのだ。フロントガラスは粉々だが、パッと見、ハンドルとシートに挟まれているだけで、外傷らしい外傷は一つもない。命に別状はなさそうだが…。

 

「伊東、スプレッダー」
「ハイ!」

 

 先輩の指示に従い、救急工作車から逆万力のような機械を取りだし、5トンの力でハンドルとシートを引き離しにかかる。

 

 ウィ〜ン、ウィ〜ン、ウィ…。スイッチを入れても肝心のハンドル部が微動だにしない。どうやら、フロント部分が相当ネジれているようだ。

 

「早ぐ助げで〜!」

 

 鬼の形相で訴える女性。冷や汗が背中を流れる。

 

「ウィンチの用意しろ!」
「ハイ!」

 

 再び工作車に駆け寄り、スプレッターの代わりに鋼のロープをつかみ取る。コイツをハンドルに結び、力任せに引っ張ってハズそうというワケだ。

 

「イダダダダ〜」
「今、助け出しますから待っててね」

 

 救急工作車の先輩に合図を送り、スイッチオン。

 

 ジージーメキメキメキ〜

 

 徐々にフロント部分が起き上がっていく。よーし、いいぞ。周囲に安堵の空気が流れ、その期待どおりハンドルが外れた瞬間だった。突然、女性の腹部が急激に膨れ出したかと思うと、そのまま意識を失ってしまったのだ。重度の内出血だった。

 

 

 これは後に何度も遭遇するケースなのだが、内臓を激しく損なうと著しい量の血液が体内に流出、そのまま失神してしまうのだ。

 

「だ、大丈夫ですか! ボクの声が聞こえてますか!」
「………」

 

 無言のまま担架に運ばれたその翌日、彼女は死んだ。以降、オレが数限りなく出遭う、最初の死亡事故だった。

 

 

鉄道自殺男が一緒に掛け声をかける恐怖

 交通事故の中には、自殺行為としか思えないケースも多々ある。入隊1カ月が過ぎた深夜1時ごろのこと。原チャリが高速道路の追い越し車線を逆走、乗用車に跳ね飛ばされ、ドライバーがガードレールで腕を切断したとの通報が入った。

 

 高速を原チャリで逆走!? どこのバカだよ。心の中でツッコミを入れるオレのそばで、先輩が慌ただしく休憩室の冷凍庫から氷を取りだした。

 

 アルミボールの中の巨大な氷を、アイスピックでガンガンガン。落ちた腕の縫合部分を冷やすためだ。現場の道路には、ボコボコのスクーターとドカジャン姿の中年男が寝転がっていた。げ! 右腕だけじゃなく、右脚も切れてるじゃねーか!

 

「車に跳ね飛ばされ、ガードレールの上を100メートルぐらい走り、腕と脚が切れたらしい。早く右脚を探してくれ!」

 

 現場に駆けつけていた救急隊のリーダーが中央分離帯を指さす。唖然としながらも、5人の隊員で一斉に植木の中を探索する。ドコだドコだ、右脚はドコだ!?懐中電灯を当て10分ほど手をゴソゴソ動かしていると、突然、妙な感触が走った。見れば、直径15センチ、長さ60センチの棒だった。断面に4センチほどの白い芯。その周りに赤い肉。

 

「あ、ありました!」

 

 男性はこの後、奇跡的に一命を取り留めた。普通の感覚の持ち主なら正視できない事故。以来、オレは脳味噌を垂れ流し、目を見開いたまま息を引き取る者。切腹自殺を計って内蔵が飛び出た身体。糞尿だらけの首つり死体など、多くの悲惨な現場を体験する。しかし、慣れとは恐ろしいもので、最初は薄気味悪かったのに、そのうち、いかに迅速に肉片を片づけるかしか考えられなくなる。ノーマルな感覚が失われて初めて1人前とは、皮肉な商売だ。

 

 

 が、そんなオレにも未だに忘れられない悪夢がひとつだけある。平成10年末に起きた列車事故だ。その日の午前5時過ぎ、仮眠から目覚めたオレは、牛乳を飲んで身体をほぐしていた。と、突然救助サイレンが鳴り響いた。通報によれば、私鉄■■線の踏切近くで、列車と線路の間に男が挟まれているという。自損行為(自殺)だと直感した。現場に到着すると、歳の頃は40才前後、サラリーマン風の男性が、口から泡を吐いていた。

 

「ウゥゥゥ〜」

 

 報告どおり左腕と左脚が車輪に踏まれて千切れかけている。いや、違う。よく見れば、右の手足は義手義足じゃないか!聞けばこの男性、1度目の自殺で死にきれずに右手右脚を失い、その無念を晴らそうと再挑戦したらしい。なんと迷惑な野郎なんだ。それでも人命救助がレスキュー隊のお仕事。さっそく、車輪をエアバックで持ち上げ、男の身体を引っ張り出す。

 

「せーの!」
「せぇ〜のぉ〜」

 

 全員で声をかけあわせると、不自然な方向から相づちが聞こえた。

 

「せーの、せーの」
「せぇ〜のぉ〜、せぇ〜のぉ〜」

 

 我々の合図に呼応して声を絞り出していたのは、なんと目の前の自殺男だった。ふと、以前、先輩が口にしたことばが頭に浮かんできた。

 

「列車で挟まれた人って、何でか知らないけどせーの、せーのと一緒に声をかけるんだよ」

 

 冗談だと笑い流していたが、本当だったのか…。

 

「せーの、せーの」
「せぇ〜のぉ〜、せぇ〜のぉ〜」

 

 両手両足の千切れた男は不敵な笑みを浮かべながら、最後まで声を出し、そのまま担架で運ばれていった。

 

 

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