ピックアップ
刑務官の悲壮な告白~更生した人間を殺した私は殺人者です~(後編)
2015.10.23

首吊り台

前編はコチラから

 

死刑囚の目が見られずうつむいていた

 男への執行言い渡しは、前日に行われたそうです。 あの人ならパニックを起こさないだろうから、せめて最後の晩餐を振る舞ってやりたいと思ったんでしょうね。

 刺身が食べたいって言うので、真っ白な銀シャリと一緒に用意して、特別に熱々のお茶を入れてやったみたいです。それを淡々と食べ、自分の遺骨は母親が引き取ってくれるなら希望通りに、拒否したら無縁仏にしてくれと言い残したそうです。

 私の方は平常心じゃいられませんでした。 食べ物は喉を通らないし、目をつぶっても眠れない。当日は熱でもあるみたいに、ボーっとした感じでした。

 

   8時には出勤して所長の訓辞を聞き、10時には刑場手前の祭壇と、小机のある『お別れの間』で待機してました。

 所長と教誨師、看守長も一緒です。 刑場と地階を見渡せる立会人室には、保安課長に立会検事、検察事務官、医者2名もいるはずですが、誰もしゃべる者はいません。

 

 10時半を過ぎた頃です。

二重ドアが開いて強盗犯が3人の刑務官に連れられてきました。 真っ白な顔が、私を見つけて何か言いたそうに表情が緩んだようですが、私は彼の目を見れず、じっとうつむいてました。

 直立不動で気を付けしてたはずが、上体がグラグラ揺れてるように感じて、所長が読み上げる執行命令書も、教誨師の法話も聞こえませんでした。 男が最後のお茶を飲み、タバコを1本吸う間に私たちは奥の執行室に入りました。

 

   そこは胸の高さに直径5センチほどの白いスイッチボタンが並ぶだけのホントに狭い部屋です。 白い手袋をはめ、力が入るよう足を前後に開いて立ち、右手の親指をボタンに置いて待ちました。 入り口に立つ看守長の右手が上がったら、押すんです。  緊張のせいか冷たい汗が流れて止まらない。

 

自分の鼻息がうるさいくらいでした。

 

 

   隣をうかがうと、ベテランの2人はまるで手慣れた作業でもしてるように堂々と見えました。 が、指が小刻みに震えています。 自分と同じ気持ちなんだと、少しホッとしました。

 ずいぶん長いように感じましたが、実際に待ったのはほんの5、6分でしょう。 入り口の向こうで、刑壇場へのカーテンが揺れたと思ったら、ほどなく看守長の手が上がりました。

 

   えーい、ままよ。

 瞬間、躊躇した後、親指に力を入れる。 途端に、バタンと踏み板が開く大きな音がして、「ぐぅぐぅ」という、うめき声が聞こえてきました。

 よっぽど苦しいのか、ドンダンと、もがき暴れてるような物音も続きます。

私のせいだ! 私が彼を殺ったんだ!!

 

 叫びたいのに声は出ず、逃げ出したいのに体が動きません。

   気づくと彼は静かになっていました。

  医師が死亡を確認し、所長が刑の執行を宣言。 坊さんがお経を上げれば、それで終わりです。 死体を清め、体内から散らばった大小便は、掃除係が片づけました。

 

 私は午後の勤務を免除され、さらに所長が特別休暇だと言って、3日間の休みをくれました。 が、家路に付くと、ほんの1時間半前の出来事がまるで悪夢のよう。 現実感がまるでありません。  夢だったらいいのに。 何度そう思ったことでしょう。

 

 

これでおまえも一人前の刑務官だな

 スイッチを押したのは3人ですから、私が直接手を下したとは限りません。 が、私の可能性も33パーセントの確率であるのです。

 あの男は強盗殺人をやったけど、十分、反省して真人間になってました。なのに、わざわざ死刑にする必要があったんでしょうか。罪を償った人をこの手で殺した私は、紛れもなく殺人者です。

 体の芯から恐怖というか後悔の気持ちがこみ上げてきて、どうしていいかわかりません。

「ぐぅぐぅ」という、うめき声とバタつく物音が耳から離れないのです。

 かといって、カミさんにも言えません。 聞けばカミさんもこの気持ちを抱え込み、一緒に苦しむだけでしょう。 そう思ったら、とてもとても。

 

 どうしようもなく、3日間1人で町に出てずっと飲んでました。

 いっそ、辞めちゃえとも思いましたが、国家公務員の地位は捨てられない。 休みが明けたらまたちゃんと仕事に出かけてました。

上司は、「これでおまえも一人前の刑務官だな」としか言いませんでした。 刑務所で出世するには、こういう経験を何度も積み、自分と折り合いをつけていくしかないんでしょうね。

 

 刑務官の平均寿命は、一般人より10年短いと言います。 どんなに考えないようにしても、忘れようと思っても、ふと気を抜くと繰り返し、あのときのことを思い出している自分がいます。

 これじゃ早死にも当然です。

 やっぱり、人間が人間の命をもって裁くなんて、やっちゃいけないタブーなんじゃないでしょうか。

 

 

 最初の執行から3年後、渡辺さんは再び刑場で目隠しをする役割を命じられる。そして、×年前にもまた−−。

 

「もう勘弁してください」

 

 ×年前と言えば、あの宅間守の死刑執行があったはず。渡辺さんに問いかけても、答は返ってこなかった。

 

 

モアグループ
人気ランキング
最新刊
  • 雑誌オンライン
  • フジサンマガジン
  • ガチスタプラス