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刑務官の悲壮な告白~更生した人間を殺した私は殺人者です~(前編)
2015.10.22

首吊り台

 

 日本は、罪刑法定主義に基づく極刑として【死刑】制度を採用、第二次世界大戦以降、600人あまりが自らの命で罪を償ってきた。

 死刑廃止論が持ち上がり、賛否について問い質す声もあるが、その実態は個人情報保護法や関係公務員の守秘義務をタテに、明らかではない。
 死刑囚の最後を看取るのはいったい誰か? 執行の手をくだすのは? 最後の晩餐は?
 今回、自らの手で死刑執行を担当した現役刑務官に、話を聞くことができた。
※編集部駐:刑務官と死刑囚のプライバシー保護のため、場所や期日、名称などはわざとぼかしてあることを了承ください。

 

まさか自分が死刑を執行するなんて

 16万人の刑務官の誰もが死刑を執行する可能性がある−−。
最初からそれがわかっていたら、刑務官になっていなかったと渡辺功氏(仮名、40代前半)は言う。
 高校卒業後、地元の製造工場に就職するも、1年で退社。警官になった友人に勧められ、刑務官試験を受けた。国家公務員という身分は魅力的だし、しゃべるのが苦手な自分に向いていると思ったからだ。

 

 刑務官になるには、教養試験と、垂直跳びや上体起こしとか体力検査に合格しなきゃなりません。

 その後、8カ月の初等科研修を受けるんですが、ここでは行刑法、刑法、刑事訴訟法、憲法、法学概論なんかの法令と、護身術や集団行動訓練、戒具(手錠、補縄)、けん銃の取り扱いなどを学びます。

 試験なんかもあって土日も外出しないで勉強しましたね。 大変だったけど、同期の結束が固まりました。 刑務官を続けていく上では、なくてはならない支えですね。

 この研修で死刑執行のことも教わったはずなのに、記憶がないんです。 恐らく、まさか自分がやるなんて思ってもなかったんでしょうね。 刑務官の服務規程にも「死刑の執行を行う」なんて書かれてませんし。

 研修が終わった後は少年院に配属されて、矯正教育の方法とか収監者の扱いを覚えました。

 刑務官は転勤が多くて、原則的に2年ごとに日本全国を転々と移動するのが普通なんですよ。 まあ、中には拘置所や刑務所所長に気に入られて、何十年も同じところで勤める方もいますけどね。

 

 

死刑確定から執行まで平均7年5カ月

刑務官の勤務時間は日に8時間で週40時間。
日勤→夜勤→非番の交代勤務が通常だ。
 また、初等科研修が終了した者に与えられる『看守』から始まり、次の7つの階級に分かれる。
◆矯正監=所長
◆矯正長=所長、調査官及び部長㈫矯正副長=部長、首席矯正処遇官、課長及び支所長
◆看守長=首席矯正処遇官、統括矯正処遇官、課長、課長補佐、支所長、支所次長及び支所課長
◆副看守長=初等科グループ一般職員又は係長及び主任矯正処遇官
◆看守部長=一般職員
◆看守=一般職員

 

 少年院の後は交通刑務所や刑期が8年以上のB級刑務所など、いろんなところに行きました。

 意外なのは交通刑務所でしょうね。 他の犯罪と違って、故意ではないのに被害者が死なせた、大怪我をさせたって受刑者が大半です。

 家族が面会に来ても慰謝料をどう工面すればいいのか、被害者の病状が悪化したとかなんて暗い話ばかりで、自殺を試みる者も少なくありません。 毎日、顔を合わせるわけですから、そりゃ収容者に対して情が移ることもある。 けど、それじゃ仕事になりませんし、距離の取り方が難しいんですよ。

 例えば今年の夏、大阪拘置所の元刑務官が、暴力団組長に便宜を図って見返りに車や金をもらって捕まる事件がありました。

 この人の場合がどうかはわかりませんが、B級刑務所では特にそういう誘いが多い。 たわいもない世間話をしてて、ポロっと出身地を言ったりする。 途端に「××町か。うちの若い衆に調べさせてカチこんだろか」なんて脅しながら知り合いへの伝言を頼んできたりしましてね。

 ほんと、胸がギューンとしますよ。もちろんキッパリ断りますが、実家の親父とお袋には用心するよう電話かけました。

 ほんと、そんなのしょっちゅうですから。 よくドラマなんかで、出所のときに「いろいろありがとうございました」「もう戻ってくるなよ」みたいな会話してますよね。あんなの大ウソです。

「コラおまえ、覚えとけよ」「よー可愛がってくれたな。夜道は気を付けて歩け!」とか捨てぜりふ残していく連中が大半ですよ。

 

 刑務官になって10年目、真面目な勤務態度が認められ、看守長の推薦で昇進試験を受験。
看守部長に昇級した。
その翌年、初めて刑場付設の施設に転勤となった。
 ちなみに、現在、死刑場がある刑務所は、札幌刑務所、仙台刑務所、東京拘置所、名古屋拘置所、大阪拘置所、広島拘置所、福岡拘置所の7つだ。

 

 転勤していきなり、死刑囚舎房の担当になりました。大きなところじゃなかったので少人数でしたが、とにかく気が重くて。

 死刑囚は、未決拘禁者待遇なので刑務作業をしたり工場に出る必要もありません。なので、起きたら(起床時間は6時30分ごろ)夜9時の消灯まで、運動(15分)や入浴、宗教教誨の他、独房で本を読んだり手紙を書いて過ごすしかない。

 よく言われるように、事前に執行日を告知すると自殺してしまうケースが多いので、いまは当日の朝、独房に呼びに行ってそのまま刑場へ、っていう段取りです。ですんで、朝の10時頃、刑務官の靴音が舎房に響くと、それだけどオシッコを漏らしちゃう収容者もいるそうです。

 ちなみに、刑事訴訟法には「死刑執行命令は判決確定の日から6カ月以内にしなければならない」と規定がありますが、ここ10年間に執行された32人について調べたら、平均期間は約7年5カ月にもなります。

 

 

3つのボタンを3人同時に押す

 担当した死刑囚房に、気になる収容者がいました。

 突然クビを切られたので取り消してもらおうと社長宅を訪ねたら門前払い。思わずカッときて社長に手をかけ、居合わせた奥さんも殺した。無意識のうち、そこにあった現金を持ち帰り、強盗殺人で裁かれた男です。

 人数で刑期が決まるわけじゃないですけど、2人殺しなら無期かどうか微妙なところでしょ。 その男の場合は、短気でトラブルメーカーだっていうのが心証悪かったようです。

 私が担当になったときは収監6年目で、40を超えてたと思います。 物腰穏やかで、話をしても博学だし、こういう人が死刑になるのかって驚きでした。

 看守長さんによると、最初、「なんだテメェ」「早く殺せ」なんて暴言はいてたのが、お坊さんが持ってきた般若心経に目覚めて人が変わったということでした。 仏教書を読みあさり、写経を始め、気づくと髪の毛が真っ白になってたそうです。

 ただ、いくら悟っても、いつ刑が執行されるかわからない恐怖は並大抵じゃありません。 自律神経がおかしくなってたんでしょうね。 目の下をいつもピクピク痙攣させてました。  

 

 手紙の検閲も看守の仕事。男は事件のせいで妻子と離婚され、それでも奥さんに謝罪し続けていた。
最初は、手紙の隅に押されたサクラのマークを見て子供が喜んでいると返事がきたものの、元妻は子供に説明できないからもう手紙は送るなと言ってきたそうだ。
 1年後、死刑囚舎房の担当を務めた渡辺さんは、一般舎房へ配置換えに。

 

 そんなある日の夕方、所長室に1通の手紙が届いた。
法務省刑事局からの「死刑執行命令書」だ。
 これに法務大臣がサインすれば、5日以内に執行しなくてはならない。
が、郵便が届いた日はなにもできないし、執行の日も、遅くても朝の10時までに行うのが慣例だから、実質は3日しかない。
日本は、絞首刑が用いられ、高いヤグラから吊す方式ではなく地階に死刑囚を落とす地下絞架式だ。
 独房に担当看守が“お迎え”に行き、刑場へ促す。
そこで、くのは担当看守としても、刑場で死刑囚を踏み板の上に導き、目隠しをしたりクビにロープをかける係の他、踏み板を開けるスイッチボタンを押す執行人も要る。
 そのため所長や管理部長、看守長らは、すぐさま6名ほどの執行刑務官を選び出す。
基準は、それなりにキャリアを持つ、精神的に安定してそうな者だ。
 かつて、新人を指名したら、重役に堪えられず自殺してしまった刑務官がいたためという。

 

 命令書が届いたことは、すぐ看守仲間に広まりました。 でも、自分がかかわるとは考えてませんでしたから気楽なもんでした。

 だから翌朝、所長室に呼ばれて“バタンコ(踏み板)”の操作ボタンを押す役を命じられたときには、本当にビックリしました。

 誰が押したボタンで踏み板が落ちたかわからないよう、3人が一斉に押すんですが、それでも確率は3分の1。 まして、相手はあの強盗殺人犯だっていうじゃありませんか。 完全に更生した人を殺すなんて、殺人と同じでしょ。

 心の中ではそう思いましたが、口には出せない。 刑務官の世界って、タテ社会ですから命令は絶対。 断れば、辞めるしかないんです。

 さっそく看守長の指揮で、リハーサルが実施されました。 刑場は、いつでも執行可能なように毎日掃除や点検が行われてますが、死刑囚の身長や体重に合わせてロープの長さを調整しなくてはならない。

 踏み板が開き、地下に落ちたとき死刑囚の足が地上30センチにくるのが望ましいとされてるので、砂袋を使って落としてみたり。

 そのとき初めてロープに触ったんですが、布のはずなのにやけに冷たくて重くて身震いしました。 

 

後半はコチラ

 

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