ピックアップ
二股三股当たり前!!!!貢がせスチュワーデス物語(後編)
2015.10.17

CA三人

本稿は、10/16に掲載された『貢がせスチュワーデス物語』の(後編)です。

まずは前編(コチラから)をご覧になっていただければ幸いです。

 

 

関西で三代続く呉服問屋のボンボン

98年、3月ごろだった記憶している。
広島行きの機内で、30代の男性客から名刺を受け取ったことがあった。
いつもなら、ギャレー(機内の台所)のゴミ箱へポイだ。
あらかじめ厳選された相手が参加するスッチーコンパと違い、機内でナンパしてくるのは三流会社のサラリーマンが大半である。
が、今回は違った。

 

その、ヌボーっとしたルックスが差し出した名刺には呉服問屋××専務と書かれていたのだ。
あらまあ。
「よかったら電話くださいよ。結構ヒマしてるし、俺。ハハハハ」

「……アハハハ」
東京の自宅に戻り、すぐに電話をかけた。
私の読みでは、相当な上玉。
もしかしたら、他のスッチーにも名刺を渡し、同じ台詞を口にしてるかもしれない先を越させてなるかい!

 

果たしてその彼、K(32才)は言った。
『ボクは関西で三代続く呉服問屋のせがれです。
アナタに一目惚れしました。
今度、こちらに来るとき、一緒に食事をしませんかー』

 

よっしゃ、もらった!とことん貢いでもらいましょ。
このころの私は、かなりドライになっていた。
言い寄ってくる男たちはスチュワーデスである私が好きなだけで、素のアタシを愛してなんかいない。
それは経験でわかっていたし、事実、周りから羨望の眼差しを受けつつ、寿退社していった同僚の中にも、結局は長続きせず離婚、という話が山ほどあった。

 

無性に虚しくなり、やがて開き直った。
だったら、あの連中から思いっきり金品をせしめてやろうじゃないの。
客からいくらカネを引っ張り、どれだけプレゼントをもらうかがキャバ嬢の腕の見せ所というが、しょせんスッチーも似たような商売じゃん。
呉服問屋は、こんなタイミングで私の前に現れた。

 

実はそのとき、私は不動産会社社長のY(40才)と付き合っていたのだが、この際、二股、三股でも関係ないや。引っかかっちゃおうっと。
「あの実は明日から連休なので、大阪に行くんですけど、お会いできませんか?」
「え、ホンマに?」
Kのホクホク顔が浮かんでくる。
ラクショーである。

 

翌晩、彼のいきつけのレストランで一緒に食事。
店を出ると、Kは当然のようにホテルに誘ってきた。
が、とりあえずキスだけ許し、その場はフェイドアウト。
主導権を握るには最初が肝心。ナメられちゃいけない。
私がKとベッドインしたのは、それから4ヶ月後。
焦らされたぶん、彼のノメり込みは益々ヒートアップしていく。

「何が欲しい?」

「一戸建て!」

 

カモ2人とは、それぞれ月2度の割合でデートした。
Kの場合は私が月一で大阪へ、彼が東京へ一度。
Yとはいつもどおり都内のホテルで。
私の公休は月に約10日。
物理的にそれが限界だった。

 

数多くのステイタス男と接してた私は、彼らが総じてモテるとよく知っていた。そんな連中に、女の方から求めた態度を見せるのは逆効果。
電話が無くとも許してくれる女、結婚話を切り出さずとも待ってくれる女を演じるのが賢く、さらには少々突き放した方が効果的だ。

 

こうした駆け引きを完壁に把握した私に、カモ2人は見事にハマた。特にボンボンのKは会うたび高価な洋服や靴をポンポン買い与えてれる。

もうイケイケでいくわよん。
「もうすぐ誕生日やんな。何か欲しいもんである?」

「えっと、一戸建ての家!」

「ええ!? いやーそれはちょっとなぁ…」

「じゃー車。ベンツがいいな」

「ベンツか。…うーん、小ベンツ(400万!)でもええか?」

全然オッケ〜! ぞっこんKほどではないが、Yからも、60万のブルガリの腕時計を始め、アンティーク家具、その他様々なブランドのアクセサリーをゲット。
十分な成果だ。

 

結局、2人の貢ぎ物の総額は1千万を越えた。ここらが潮時。
関係を終わらせるべく、私は動いた。
「二度とツラ見せんな!」

一発吠えただけで去ってくれたYに対し、Kは想像以上に厄介だった。
上手いことばを探し、何度説得を試みても、ガンとしてクビを縦に振らない。
どころか最後には泣きじゃくり暴れまくる始末だ。

 

正攻法では到底ムリ。
そう悟った私は、一つの奇策に打って出た。
「グス。ゴメンねぇ。別れ話しはちょっとした気の迷いなの〜。ね、愛してるわ。許して、グスグス」
気色の悪い電話を1日20回。それを毎日かかさず繰り返す。まるで気が触れたかのごとく…。
作戦は成功した。
10日後、Kから電話があった。
「あのさ、やっぱりオレら別れた方がええんとちゃうかな」

何か腑に落ちぬ態度ながら万が一の事態を考えた様子。
最後は泣きそうな声だった。サヨウナラ〜。

 

《この女、性悪のサギ師です》

人を編して楽しいのだろうか。2人と別れた後、頭の片隅にできた迷いは、ほんの1週間で吹き飛んだ。
で、またコンパ、コンパの日々。
さすがにKほどの大物には二度とお目かかることはなかったが、少しレベルを下げれば、カモは簡単に見つかった。
一時期は同時に3人、いや4人と付き合っていたこともある。
もはや錬腕の貢がせ屋だ。

 

しかし、神様はきっちり私を見ていた。まもなく、予想もしない天罰をお与えになったのである。
結論から言おう。私はあのKに復讐行為を受け、それが元でパニック障害を発病。スッチーを辞めるハメになったのだ。
後で聞いたところによれば、Kは私との交際の途中から、Yと二股をけられていることに気づいていたという。しかも驚いたことに、告げ口したのは元彼の歯科医、Sだった。

 

Sは、KやYと面識があった。同じスッチーマニア同士、コンパネタや目当てのスッチーのフライトスケジュールなど、情報交換を行っていたらしい。
そんなことはコレっぽちも考えなかった。
「香島美穂←この女、性悪なサギ師です。みなさまご注意を!」
別れて半年、Kは突如、私の自宅付近に中傷文と顔写真付きのビラを撒き始めた。
イタズラ電話は毎日。何度か窓ガラスにも投石され、挙げ句には、箱いっぱいにとんぼの死骸まで送りつけられた。
警察に届けることも考えた。が、彼と別れるため、ストーカーのごとく電話をかけ続けた私である事がより大きくなりそうな気がした。
Kからの嫌がらせが始まって1ヶ月、私の精神は音をたてて壊れたー。

 

 

私が結婚したのは昨年2月のことだ。
通院のたび、受付事務の男性と口を聞くようになり、彼の真剣で優しい態度に、しだいに傷ついた心が癒されていった。
ステイタスも何もあったもんじゃないが、黙々と働く夫の背中は私に語りかける。
これで良かったのじゃないかと。
来年4月、私たちにはもう1人家族が増える。

 

※当ページは月刊裏モノJAPAN2003年2月号に掲載された記事をWeb版に再編集したものです

 

モアグループ
人気ランキング
最新刊
  • 雑誌オンライン
  • フジサンマガジン
  • ガチスタプラス